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チャールズ・バークレーが「シクサーズでのキャリアを台無しにしたのはモーゼス・マローンのトレード」

1984年のNBAドラフト5位指名でフィラデルフィア・セブンティシクサーズに入団したチャールズ・バークレーは、キャリア最初の8年をシクサーズで過ごした後、フェニックス・サンズへ移籍した。

だが、あることがなければバークレーはシクサーズの主力として活躍し続けていたのかもしれない。

バークレーによると、自身が師と仰いでいたモーゼス・マローンをシクサーズがトレードで放出したことにより、バークレーはモチベーションを失ってしまったという。

バークレーは当時を振り返り、次のようにコメント。clutchpoints.comが伝えている。

(フィラデルフィアのスポーツレポーターのフィル・ジェスナーが)「フィリーはロイ・ヒンソンを獲得するためにドラフト1位指名権をトレードで放出する」と言った。

私は「何だって?ドラフト1位指名権を放出する我々が得るのはロイ・ヒンソンだけ?」という感じさ。

そしたら彼はこう言ったんだ。

「それと、彼らはモーゼスをワシントン・ブレッツにトレードしたよ」とね。

モーゼスは偉大な師となっただろう。

なぜなら、彼は私にとって父のような存在だったからね。

それが終わりの始まりだった。

本当に良いチームだったのに。

それが私のフィラデルフィアでのキャリアを台無しにしてしまったんだ。

私のキャリアにおいて最も大きな災難だった。

バークレーによると、マローンは自身のキャリアに最も大きな影響を与えたメンターであり、重要な存在だったという。

シクサーズはバークレーがキャリア2年目を終えた後、マローンをトレードで放出。

当時のバークレーはまだ22歳と若かったため、もっとマローンと過ごし、学びたいと切望していたことだろう。

バークレーが偉大なキャリアを送ることができたのも、短い期間ではあったがマローンと過ごせたからだったのかもしれない。

なお、バークレーはNBAキャリア16年を通してシクサーズ、フェニックス・サンズ、ヒューストン・ロケッツでレレギュラーシーズン通算1073試合に出場し、平均36.7分のプレイで22.1得点、11.7リバウンド、3.9アシスト、1.5スティール、FG成功率54.1%、3P成功率26.6%、フリースロー成功率73.5%を記録した。

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